なぜ獣医になったの?
よく聞かれる質問です。
きっと獣医はみんな聞かれているのだと思う。先日の勉強会でも、ひょんなことからこの話題になり、仲間内で盛り上がった。いや、正確にはもり下がった。何故かって、みな、「さすがだね」という大義名分が見当たらないのだ。 
「なんか、気がついたら獣医学部に入っていて・・・。」
「他も受けたんだけど、ダメだった」
「医者になれなかった・・・」
自分の仲間達は、おおかたこんな連中ばかりだ。


じゃ、自分はどうか?
ま、大差はない。
田舎・青森で生まれ育った僕は、次男坊で家に固着しないように育てられた。反面長男は、田舎の風習よろしく(それほどの銘家でもないのだが)当然跡取りとして、家を継ぐように、家を継ぐようにと育てられた。とはいっても、現在後は継がずに仙台で開業しているのだが・・・。そんな僕は、とにかく家を出たかった。一人でちゃんと、そして夢を持って生きたかった。でも、夢は漠然としていた。時に教師になろうかとか(ならなくて良かった、これは将来有望な子供達のために、ホント)、時に医者もいいかとか(そんな頭もないのに。でもならなくて良かった、ホント。これは現状の医療を考えるとホントに)、へらへらと真剣じゃなく考えたこともあった様な気がする。自分の進路を決めるという、ある意味現実的な選択の瞬間だった高校時代に、僕はひどく屈折していた。自分自身がそう思うのだから、当時の自分を知る人が語るならきっと誰もがそう感じていたと思う。自分の具体的な目標や、職業なんて探せなかった。

かくして、どうにかこうにか受かることができた獣医大に通い始め、いろいろなことを勉強しながら、当時考えていたのは、ただ漠然とした“あこがれ”の地であった北海道へ行くことだった。

北海道へ行くなら、大動物だと思っていた。牛や馬や豚、この大きな動物達を診る獣医になるんだと、やっぱり漠然と考えていた。

でも、漠然とした夢が、ただの妄想や理由のない現実からの逃避に近いものだったということに、気がつき始めたのは大学の3年ごろからか。それでも、後悔はしたくなかった。

そこで、大学時代に北海道へ大動物の実習のため1ヶ月行って、その実際を体験した。憶測は、現実となった。 何より経済動物である牛や馬や豚は、治すために最後まで診ることができる訳ではないのだ。

僕は、その憶測を感じ始めた頃から、少しずつウェートを占め始めていた小動物へ転向した。当時の親父も、兄貴も随分反対したけれど。 命の大切さを、ある意味純粋に突き止めて行けるんじゃないか、もしかすれば、医者よりも理想に近く、純粋なんじゃないか、そう思えるようにもなって行った。 
そう、そして、僕は小動物の獣医になった。
理由は、そんなことか。
誇れる話でも、なんでもない。
皆と一緒。


でも、3年前のこと。
こんなことがあった。
おふくろからの電話。
実家で飼っていた、7歳になるゴールデン・リトリバーのモモが、逝ったと。母校であり、当時妹の職場である大学の付属病院へ連れて行き、2週間ほど闘病していたのだけど。直接診てくれている助教授にいろいろな検査をしてもらい、肝不全と診断され、様々な治療を受けたのだけど、やっぱりダメだった。大学でなくなって、夜になって妹と帰って来たと。 
そしたら、親父がいない。
夕方から親父の姿が見当たらない。
探してみれば、ダメだったと妹からの連絡の後、モモを入れる箱を作っていたのだと。夜中になって、やっと作り終えたのだと。 跡取りとして育てた兄貴も遠くに離れ、次男坊はとうに反対していた小動物の獣医を目指し上京しており、妹が連れてきたモモが、実は心のよりどころだったのではないか。 息子たちがいない実家を、子供のように、孫のように元気づけてきたモモだったから・・・。
過ぎるくらいに愛情を注がれてきたモモだったから・・・。
親父がどんな想いで作り上げた箱なのかと思うと、泣けてくる。家族の一員だったから、モモが好きだった畑の隅に埋めてあげるんだと話していたらしい。 どうして獣医に、しかも小動物の獣医になったのかって、やっぱりよく聞かれる訳です。 
自分なりに、「犬が好きだから」そんな言葉を返していた訳だけど、でも、ほんとのところは・・・ 
青森の実家でいつもっていっていいほど犬を飼っていて、みんながかわいがっていて、どの子にもたっぷりの愛情を注ぐのだけど、みんな早く死んでいって。 今にして思えばろくな飼い方はしていなくて、例えば放し飼いで交通事故だったり、予防せずのフィラリア症だったり、急に何処かいなくなったり、そんなことの繰り返しだったけど、その時どき、いつもいつも悲しい思いをしたことを、その電話の後で思い出した。今更だけど、そんな想いが、小動物の獣医になると決めた理由だったのだろう。 モモを入れる箱を作る親父の姿が、想像できる。とても犬を大切にする親父だった。そんな後ろ姿をみていたのだろう。小動物の獣医なんてと、当時大動物の獣医をやっていて自分がこの世界に入ることを真っ向から反対していた兄貴は、とうに大動物を辞め、今、仙台で立派に動物病院をやっている。 おそらく、自分と同じように、小さい頃からかわいがっているのに死んで行く動物達が、黙ってみてられなかったのだろう。 そして、現在はその兄貴から送られたゴールデンのラブを、今度は妹まで嫁いですっかり寂しくなったせいもあって、もしかすると我々子供達以上に、あるいはおふくろ以上にと錯覚するほどかわいがっている。 
たとえば、車の助手席はラブの指定席で、おふくろが乗ると怒る。 


みなが元気になってくれればいい。
飼い主の愛情をたっぷり注がれるように。
どの子も、どの子も、その愛情が欲しくてたまらないのだから。
そのために生きているのだから・・・。
どうかひとつの命が・・・。
これがアトムの原点です。 


そう、次は、アトムの由来の話でも・・・。
でも、長いよ!

​今日も独り言