この難病への挑戦!
気管虚脱は治らない病気ではない!
【キーワード】
犬、気管虚脱、難治性呼吸器疾患
Parallel Loop Line Prostheses(PLLP)、外科的治療
【要約】
症状は、最初軽い咳から始まって、喉につっかえるような咳、もどす動作、豚のような呼吸、ガチョウが鳴くような呼吸などと進行して行き、末期ではチアノーゼを呈して、呼吸困難になります。現在この病気は、難治性疾患として位 置付けられ、積極的な治療が行われていないのが現状です。当院では、古くからこの疾患に対し積極的な外科的治療を行ってきました。特に5年前独自に開発した、全く新しい形状の矯正器具・Parallel Loop Line Prostheses(PLLP)を用いて、非常に優れた治療成績を収めています。気管虚脱は治らない病気とあきらめるのではなく、治せない状態になるまで静観しない、内科的な治療も含めて軽い咳をするという初期の段階から充分な注意を払いながら『正観』すべきであることを提案します。
*少し難しい表現・言葉がでてきますが、一般の方でも十分理解できるような文章です。
気管虚脱とは、犬でよく見られる呼吸器系の病気で、一般的には中高齢(7〜8歳)の小型犬(ポメラニアン、ヨークシャーテリア、マルチーズ、チワワ)に多いとされます。しかし意外にも、日本犬の純粋種(柴犬など)や雑種にもよくみられます。またゴールデン・レトリーバーや、ラブラドル・レトリーバーといった大型犬、ポメラニアンやヨークシャーテリアなどの小型犬では1〜2歳といった若齢でも発症がみられます。
この病気は、簡単に言えば「気管がつぶれてしまう病気」、に集約されます。気管は、ノドから胸の中へ入って心臓の直上で気管支へ分岐する所まで達する筒状の構造ですが、この気管の一部あるいは広い範囲でつぶれてしまう病気が気管虚脱です。犬では多くが胸へ入る手前、つまり最後頚部で起こり始め、ひどくなると、空気を吸うことも、吐くこともが出来なくなります。
私は、喘息を持病として抱えています。頻繁に発作がでるほど重症ではありませんが、体調や季節の変わり目などには発作を起こし、噴霧式の気管支拡張剤が手放せません。この呼吸ができない苦しさは、一種の恐怖感を伴うほど辛いもので、言葉いえない子達も共通 のものとして感じているでしょう。
さて、この気管虚脱という病気の発生原因は、未だ解明されていません。気管虚脱になってしまった後の、形態学的変化や気管を構成する軟骨の変化、そしてその病態については研究が進んでいますが、根本となる原因はわかっていないのが現状です。また、非常に若い時期に発生する犬種では、遺伝的な素因が原因とされています。ポメラニアン、ヨークシャーテリア、ゴールデン・レトリーバー、ラブラドル・レトリーバー、ボクサーなどです。
気管内視鏡でみますと、正常気管は図1のようにきれいな円形を保っています。




どうやって広げるのか?
一方、犬用に開発されたステントは、現時点ではステンレス製や形状記憶合金といった金属製で、やはり主流として用いるにはまだ難点があります。しかし、獣医界でも材質や形状など開発が進めば、将来的にはこれが主流になる可能性は十分にありますが、現在ではまだ夢の話です。
以上の結果として、気管虚脱は治らないという『呪縛』に囚われることになります。
初期の症例には「内科的に治療しながら様子を見ましょう」、
これが進行して中程度では「もう少し内科的に頑張ってみましょう」、
そして重症で「すでにお手上げです。治療法はありません」。
これが現実でした。内科的著しく反応しない、そして外科的治療成績が思わしくないという、いわば難治性の病気として代表的なものの一つでした。
そこでもう一度、原点に戻ってみましょう。なぜ単純につぶれた気管を広げる事が出来ないのか。ステントでの中からの拡張がだめならば、外からはだめか。
ステント法がだめな理由は、ステントそのものの十分な開発がなされていないせいでした。同じようにプロテーゼ法が普及しない理由も、さまざまな条件を満たすプロテーゼ自体の開発が、やはり不十分だったのです。
繰り返しますが、犬の気管虚脱の初期病変は、極めて例外的なものを除いて最後頚部です。散歩の時にぐいぐい引っ張る中型犬をよく見かけますが、そのちょうど首輪が当たる部分です。想像にたやすいように、この部分は上下左右と飼い主を見上げたり下を向いたり、横を見たり後ろを見たり、果 てはお尻を舐めたりと、自由自在、それこそ三次元に動く場所です。気管は、この動きに十分追従する柔軟な構造になっているのです。
したがって、この部分に入れるプロテーゼも当然十分な柔軟性を持っていなければなりません。しかもつぶれた気管をしっかりと広げる力を保ちながらです。それでは、堅すぎず、柔らかすぎない、入れた後の組織反応もない、そして様々な犬種に対応したサイズが選択できる、このような厳しい条件を全て満たしたプロテーゼは存在するでしょうか。
日本では、大阪で開業なされている小儀先生が1990年に発案されたFlexible Spiral Line Prostheses(FSLP)が存在します(私が命名し、小儀先生より承認済み)。私もこれを用いて20近くの症例を経験しましたが、その成績は非常に優れています。FSLPは光ファイバー用のアクリル材を用い、これをラセン形に加工したものです。
しかし、材質について医療用ではないとの異論があり、発案者はもとより他の研究者においても公的な論文は見あたらないのが現状でした。また私の経験から、手術時に時間がかかってしまうということ、状況に応じては操作の途中で少し危険な状態に成りうるという欠点がありました。
そこで私は、この同じ素材「光ファイバー用のアクリル材」を用いて、前述の条件を全て満たし、さらに操作性と安全性に優れた、極めて理想的なプロテーゼを2000年に作りました。立体的な独特のジグザク状円筒型を呈しますが、これをParallel Loop Line Prostheses(PLLP)と名付けました。
材料はFSLPと同様に医療用として開発されたものではありません。しかし実際に使用してきたFSLPやPLLPでは、長い年月での優れた経過が得られていましたので、この材質について調査を行いました。その結果 、材質はPMMAがそのほとんどを占め、表面に数ミクロンのフッ素樹脂がコーティングされているということがわかりました。PMMAは、眼内レンズ(白内障の手術時に摘出した水晶体の後に入れるレンズです)に用いる素材であり、フッ素樹脂も生体に対する低反応性が特異的で、最近では胆管カテーテルなどに用いられています。このように医療用に開発されたものではないのですが、材質は医療用として用いられているものだったことがわかったのです。私の経験では最長9年間の観察症例が2例あります。高齢につきそれぞれ全く別 な病気で亡くなってしまいましたが、気管に関してはなんら懸念する問題は起きませんでした。また実験的な埋め込み試験や、臨床例から病理組織学的な検討を行いましたが、過度の異物反応はほとんどなく、生体内へ埋植は良好な経過が確認されました。
図5は、手術後の内視鏡写真ですが、前ページの手術前のつぶれたものと比較すると、明瞭に円筒状に矯正されているのがわかると思います。気管内腔には、牽引縫合したナイロン糸が見えています。このナイロン糸は、術後数週間で気管粘膜に被服されます。

その結果として私が得た結論は、「気管虚脱は治る」 です。治らない病気、手を出してはいけない病気ではありません。
ただし、確かに治せないこともあります。手を尽くしてもダメだった症例、すでに手を出せない症例がやはりあります。その理由の全ては「手遅れ」です。この病気は「潜行性かつ進行性」という性格を有します。最初は軽度の咳から始まりますが、実際には考えているより進行している場合が多いのです。咳の程度や頻度が多少増えたように感じる。しかしそれほどひどいものではなかった。ところがいよいよ目立つ咳が出初めて、病院へ行きX線を撮ってみたら気管虚脱の末期だった。そうなっては、さすがに気管だけではなく呼吸器全体におよぶ異常、また心臓、肝臓など様々な臓器に異常が伴ってきて手術どころではありません。
そして、この「手遅れ」の境界線は実に不確定であることも事実です。また暑さや湿度から、急速に悪化することもあります。
末期で手も付けられない状態になる前に、きちんと診断をし、その進行度を考慮しながら早めに手術をすれば、この病気は治せるのです。また、もちろん危険は伴いますが、重症であっても、年齢、経過年数、心機能を初めとした諸臓器の状態を把握した上で、十分対応可能なこともあります。その大きな基準は、つぶれかたの重症度ではない。虚脱が頚部気管のみである事、麻酔に耐えられる体力が残っている事。これだけです。
もし、気管虚脱で苦しむ子がいるのであれば、どうか、もう治らないと決めつける前に、もう一度考えていただいて、また、そう診断されていなくても咳をしているような子がいれば、ただの咳と簡単に済まさずに、是非きちんと診察を受けられることを望みます。 悲観する事はありません。気管虚脱は、治る病気です。